日陰暮らし

ネットの話題から精神病のことまで

今週のお題と桜の季節とフジファブリック

今週のお題「わたしの春うた」

 

フジファブリックの「桜の季節について書いていく。

 

 


フジファブリック (Fujifabric) - 桜の季節(Sakura No Kisetsu)

 

フジファブリックを聴く人間と言われればなんとなく想像できるだろう。鬱屈としていて、一人で世界作っていて、人によっては前髪が目に入って痛そうなのではないだろうか。

 

僕も例に漏れずそんな感じの人間である。そしてそんな自分が好きなのである。多分フジファブリックファンの大半がそう。

 

さて、春と言えば出会いと別れ、両方あると思うのだが、「桜の季節」は後者を歌った曲だ。

だがそれは桜の季節という枠に収まらない。フジファブリックというバンドが持つ雰囲気自体が別れそのものなのだ。

まあこの話を始めると確実にお題から脱線するので書かないが。

 

桜の季節はフジファブリックの1枚目のシングルで、バンドの持つ別れの雰囲気を象徴するような曲である。

 

内容を大まかに説明するならば、「主人公の大切な人が春に遠くに行ってしまう。主人公は行ってしまう人に向けて手紙をしたためる」。

 

よくある春歌なのだが、空気感の表現が上手いのか、フジファブリックが歌う曲には他のバンドにはない独特の切なさがある。空気感が…えーと空気感…………僕は頭が悪いので上手く言葉にできないが、聞く人に聞けば死ぬほど的確な表現をしてくれそう。

 

僕は春という季節に「別れ」を意識した事が無かった。友達や学校と別れるのはつらかったし寂しかったがそれでも春に抱くイメージは「出発」「出会い」だった。そういうものだと思っていたのだ。そんな自分が、桜の季節を聞いて、春に「別れ」を意識した。

 

月並みな感想だがそれしかない。フジファブリックは非常に屈折していて、何もかもが独特なバンドなのだが、その感じを細かく説明しようとするとありきたりな言葉しか出てこないのである。

 

………

 

こう思っただろう。

 

いい感じに言ってるけど単にお前の語彙力不足であると。

 

その通りである。

 

当たり前だ。出会いがあれば別れがあることのように当たり前である。僕が馬鹿だということは。

 

僕が春に抱くイメージは、今でも出発や出会いが大きい。だが昔と違い、その片隅にちょっとした物悲しさもあるのだ。